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スタッフ紹介 フィルムアーカイブ・出利葉祥子

2019年7月17日

― 出利葉(いでりは)さんのご出身はどちらですか?

「福岡です。福岡の太宰府市。大宰府天満宮のあるところです」

― 福岡にはいつまで?

「ここ(東現)に入るために上京したので、それまでずっと福岡です」

― 上京する前は?

「今はもう無くなっちゃったんですけど、博多の単館系の映画館で映写技師をしていました」

― それはどのくらい?

「5年くらいですね。そこの支配人がかなりマニアックな方で…毎年『カルト映画祭』っていうのを企画していて。常連が集う感じの恒例イベントになってて」

― カルトというと…例えば…もしかして石井輝男とか?

「そうですそうです!まさに(笑)。石井輝男でいうと私は「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」(1969年:東映)が凄く好きでした。あとその支配人が特撮系も好きだったので『ガス人間第一号』(1960年:東宝)とか『美女と液体人間』(1958年:東宝)とか『獣人雪男』(1955年:東宝)とか…もともとはお客さんとしてそういう映画を観ているうちに“ここで働きたい!”と思って」

― ああ、グッとくるものがあったんですね

「そうですね。で、募集はしてなかったんですけど電話をかけて」

― “働かせてください!”と

「はい(笑)」

― なるほど~その映画館で5年働いたのちに東現に入ったいきさつは?

「単館系だったので古い映画を上映することが多くて、そうなるとやはり昔のプリント −当時は分からなかったんですけど− 今にして思えば凄く古いアセテートのプリントがそのまま送られてきてたんです」

― はいはい

「そうすると、もう古いから映写のときによく切れるんですよ」

― 昔は旧作のリバイバル上映というとそういうことがありましたよね

「その度に映写室で繋げて、かけかえて上映・・・ということがまあ結構あったんですけど。でも段々、その、ブチブチ切れちゃうフィルムが何と言うか・・・愛おしくて」

― 愛おしい!

「いやすごく焦ってるんですよ、お客さん入ってるし。でも『出来ない子ほど…』っていうあれじゃないですけど、その困らせられる感じがなんとも…」

― 物質なんだけど生き物、みたいな感じ?

「そう、そんな感じです(笑)で、フィルムが愛おしいという感情がだんだん芽生えて。そこから、漠然とですけどフィルムの保存とか修復について考えるようになって」

― 映画だけでなくフィルムそのものに対する興味も沸いてきたんですね

「そうですね。それで、そういう仕事をしたいなと調べていくと現像所というところがあるのが分かって」

― やっとここで東現が出てきました

「で、電話をして。面接を受けるために上京して、まだ映画館で働いていたからその日の内にトンボ帰りで福岡に帰って」

― 結果的に面接には受かったと。入社してみてどうでした?

「最初の頃、ベテランの先輩が扱うフィルムの機械を、昼休みに自分も触らせてもらったんですけど、もうそれだけで…」

― 幸せいっぱい?

「(満面の笑みでうなずき)」

― あの~、お話聞いていると出利葉さんって本当にフィルムそのものが好きですよね?

「映画を観るのも好きなんですけど、もうフィルムを触っていると恍惚とするというか」

― 古ければ古いほど、とか?

「あ~いいですねぇ古いフィルム」

― 手触りですかやはり

「手触りですね。あのなんとも言えない感じが」

― フィルム特有の匂いとかもありますよね

「匂いもありますねえ。たまに一週間ほど福岡に帰省していると、“ん…そろそろ嗅ぎたいな~”という感じにはなりますね」

― 嗅ぎたい(笑)!

「(笑)現像所の中も、見学者の方がよく“酸っぱい匂いがする”とか言いますけど私達はもう慣れちゃってあまり感じないじゃないですか。でも育児休暇を終えて戻ってきたときにあの匂いを凄く感じて、“帰ってきた~!”と思いました」

― わはははは(笑)!

「“ただいま~!”って笑)」

― ところで、出利葉さんが行っているフィルムのインスペクト作業を見ていると、右手でクルクルとリワインダーを回しながらずっと左手でフィルムの端を触ってますよね。あれは、あの左手がセンサーとしていろんなこと検知してるんですよね?

「そうです。あれでフィルムの状態が色々とわかるんです。ナイトレートフィルム(1950年ごろまで使われていた可燃性フィルム)なんかも触った感じが他とは違うんですよ、ちょっと硬くて」

― なるほど~視覚だけじゃなくて触覚も重要なんですね?

「はい。あと匂いとか音とかも」

― まさに五感を使ってという感じですね。
“なんだか良く分からないけど、このフィルムは何か他とは違う”とまずは感覚的に察知したりとかは?

「フィルムの缶を開けたときに、何かを感じたりすることはありますね」

― ということは、最終的に書き上げられる状態報告書は理路整然とした文章表現と数値で埋め尽くされますけど、実は最初のセンサーは個人の身体感覚ということですよね。
これ、この社内インタビューで皆さんが共通して言うことなんですけど、現像所の技術は体感でしか継承や会得ができない側面があるという

「あ~そうですね、私も先輩から“ここをこうしろ”とか逐一言葉で教わった訳ではないです。ずっと先輩の手元を見てとかですね。私が入った頃は、フィルムを触りつづけて何十年というベテランの方々がいっぱいいる最後の時代だったので、正直少し焦りもありました」

― もう本当に二度とない時期だったわけですね

「今のうちに技術継承しなきゃという気持ちで」

― なんとか間に合った、という感じですね。そこからもう出利葉さん自身キャリアを重ねてかなりのフィルムを見て修復してきたことになりますが

「そうですね…でも未だにジレンマがあるのは、もの凄く保存状態の悪いフィルムを前にした時に、今ここで自分が持っている技術を駆使して修復にとりかかるのが良いのか、それとも何年後かの将来に今よりももっと優れた修復技術とか機械が出るのを待ったほうが良いのか、どっちでフィルムを救ってあげたほうが良いのか迷うときがありますね。でもモノによっては(劣化があまりにも進んで)そんなに悠長な事を言っていられない場合もあるので、そういうときは1コマでも多く画を取り出せるようにはします」

― うーむ、まるで医療従事者のような悩みですね。そのジレンマも、出利葉さんの深いフィルム愛ゆえという気もいたします。
ちなみに最近だとデジタルリマスターの絡みで歴史的名作の原版が入ってくることも多いですよね。そういういわばビッグタイトルのオリジナルに触れることの感慨はやはり大きいですか?

「それはもう…本当に、世界に一つしかないオリジナルですから」

― マスターとコピーが完全等価というデジタルの世界観とは違いますもんね

「アナログの世界って“本物”がはっきりしてますよね。そこに安心するというか…あ、そういえばこれはまた話が全然変わるんですけど。」

― はい

「この間、息子の通っている保育園の子供たちにフィルムの映像を見せてあげたいと思って、映写機とフィルムを持って保育園に行ったんですよ」

― あら素敵!8ミリですか?

「1 6ミリです。暗幕もちゃんと保育園の窓に張って、スクリーンも用意してやったんですけど、そしたら…す~っごい良かったんです子供達の反応が!!」

― おお~っ!

「真っ暗い中にスクリーンがあって、後ろに音を立てて回る映写機があって、そういう空間にみんなワクワクして…あの感覚って何なんですかね一体!」

― みんなフィルム上映なんてはじめて見たでしょうに

「(世代とか関係なく)あの感覚って、みんな共通なんだな~と思いました」

― 何か人間の根源的な情感に訴えるものが、フィルム上映と言うスタイルにあるのかもしれませんね~

今日はどうもありがとうございました、これからも映画フィルム保存のために頑張ってください!

(東京現像所Facebook記事より転載)

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スタッフ紹介 サウンドエンジニア ・森本桂一郎

2019年7月17日

― 森本さんは、やはり昔から音に興味があったのですか?

「そうですね。少年時代に最初にアルバイトをしたときも、その給料を全部つぎ込んでちょっと高めのステレオを買った記憶があります」

― ”音に対する興味”と、”音を扱う機械に対する興味”の両方があった?

「そうだったかも知れません。その頃はこういう(音関係の)職業につこうとは全く思ってませんでしたけど」

― 職業として意識したのは?

「専門学校を選んだ時ですね。映画の録音コースがある学校に進学した時に」

― 音楽もお好きだったかと思うんですけど、映像の音の方に進んだのは何故ですか?

「『人間』を描く映像の仕事に魅力を感じていました」

ー サウンドの人は「音の良し悪し」を判断する能力をいつ習得するのでしょうか? 映像は目に見える分、まだ感覚の共有が分かりやすい気がするんです。対象が可視化されていることのアドヴァンテ ージはやはり大きい。映像畑で育った人間からするとサウンド畑の人々の技術習得が凄く神秘的に見える面があるのですが、やはり最初からもう全ての音を聞き取れて良し悪しが分かったとか?

「まああんまりそれについて深く考えた事はないんですけど(笑)そこはやはり経験の積み重ねだと思いますよ。ちゃんとした音を聞いていて、もしNGがあった場合に対処していく…というのを繰り返してゆくうちにだんだん判断できるようになってくるんじゃないかと 思います。」

ー なるほど。 あとサウンドの人って数字で会話しますよね?この音は何キロヘルツがちょっと足りないとか。あれが凄くプロっぽくてカッコよく聞こえるんですけど(笑)、やはりそういうのも経験で分かるようになるものですか?

「そうですね、経験での習得が大きいと思います。あと、今は音もパソコン作業がメインなので、より数字での管理が増えたという事もあると思います」

ー ああ、音を数字で把握する傾向が昔のアナログ時代より強いと

「ただ数字ばかりに頼ってしまうと間違いが起きやすいので、耳で聞いての判断が重要です」

ー 森本さんはキャリアの中でテレビと映画の両方をやってこられてますよね?その二つの音作りの違いって端的にありますか?

「テレビでは、音が溢れている家庭環境の中でも届く様に。映画は劇場の静かな環境を生かすことを考えて作る傾向があると思います。
どちらも、『表現していることが伝わるように』という点では同じ想いだと思います」

ー 近年は黒澤明など旧作のリマスターに携わられてますけど、それについては如何でしょ う?

「 『昔の映画は音が良くない』というような偏見が一部にあると思うのですが、『そんな事はないのでは』と以前から思っていました。保存状態が良くない、再現できていないという事はあると思いますが。
今残っている音源の劣化している箇所を修復してその上で当時の再生環境を想定し落としこんでいくと音が蘇ってくるんです。」

ー まるで遺跡発掘的な…

「はい(笑)」

ー 本当に古い作品だと、役者さんのセリフとか音楽とかもダイレクトに光学録音してますよね。

「そうですね。当時の録音スタッフの素晴らしい技術が垣間見えます.。」

ー 映像もそうですけど、音も時代に合わせて再生環境がどんどん変わってゆきますよ ね?そのことの影響ってサウンドエンジニアリングにあると思います?

「んーどうでしょうかね、実はあまり変わらないんじゃないでしょうか、伝えたいことというのは。 それよりも観る側の環境が変わった事の方が大きいと思います。」

ー と、言いますと?

「CD等デジタル媒体の登場以降、みんな『ノイズレス』を当たり前に思うようになった。そういう人にとって、古いテープとかレコード的なものってもう…」

ー ああ、単に雑音にしか聞こえないと。

「もちろん、デジタル環境になって完全に『無音』から音を作れるようになったのは非常に恩恵ではあるんです、エンジニアリング的には。」

ー コントロールできないノイズから解放されたわけですものね。

「ただ、ノイズレスなものだけで作っても、やはりどこか面白くない。なので、適度にノイズも愛してあげたい、というのはありますね。」

ー ノイズも愛してあげたい!いいセリフですね~(笑)
ところで森本さんはJAZZのレコードを聴くのがお好きと聞いてますが

「ええ、まあ50年代から60年代にかけてのものとかですね。」

ー かなり熱心にレコードを集められたのですか?

「今はそうでもないですけど…これがですね、つい『当時はどんな再生環境だったんだろ う?』とか調べちゃったりするんですよ(笑)」

ー 仕事と同じじゃないですか(笑)良いエピソードをありがとうございます(笑)

という訳でサウンドエンジニアの森本さんでした、ありがとうございました!

(東京現像所Facebook記事より転載)

 

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スタッフ紹介 VFXスーパーバイザー・廣田隼也

2019年7月17日

ー VFXの道を歩むことになったきっかけは?

「まあ最初からVFX志向というわけでも無かったんです。高校三年になって進路を考えたときに、それまでバレーやってて体育会系の人生だったんですけど、漠然と映像の世界に行ってみたいなあと思うようになりました。わりとみんなもそうだと思うんですけど、その頃は音楽PVとかに憧れてましたね。で、映像学科のある美術大学に行って、3DCGソフトの勉強などをしていました」

ー 東京現像所に入ったのはいつ頃?

「2000年です。フロム・エーに載っていた求人を見て」

ー 最初の仕事は覚えていますか?

「『ゴジラ対メガギラス』(「ゴジラVSメガギラス G消滅作戦」監督:手塚昌明)の合成作業でした。ソフトはAfter Effectで。」

ー いきなり大きい作品だったわけですね!戸惑いは無かったですか?

「そうですね、大学のときに3DCGはやっていたのですがゴジラのように実写と一緒に作り込む作業は初めてでした。その辺は先輩に色々と教えてもらいながら・・・まあ今思うと楽なパートだけ振ってもらってたのかもしれないですけど(笑)・・・で、映画が出来上がって試写でエンドロールに自分の名前が載ってるのを見たときに『スゴイ!』と思って・・・そこから抜け出せなくなりました(笑)」

ー それまで見る側だった自分が、作る側の世界に移ったことに感激したわけですね。それからキャリアを重ねてきたわけですが、今に至る間のVFX技術の変化についてはどうでしょう?

「今はもうPCのスペックもソフトウェアの機能も毎年変わるので、追いついていくのが大変という印象です」

ー 今の廣田さんの肩書きであるVFXスーパバイザーについて簡単に説明をお願いします

「まず映画を作るうえで、現実には撮影できないカットやシーンをどうやればVFXを使って映像化することができるか、監督・プロデューサー・カメラマンと相談しながらプランを立てます。」

ー という事は、最初の段階ではそのカットをどうやったら作れるかは廣田さんの頭の中だけにある?

「そうですね。ひとつの方法が実現不可能となったら今度は別の提案をしたり…どうしたら欲しいシーンを現実に落とし込めるか、その選択を提供するっていう感じですかね。あと、撮影チームとVFXチームの両方の意見をうまく取り入れて、両者のバランスをとってゆくのもスーパーバイザーの大事な仕事です」

ー 廣田さんはスーパーバイザーでありつつ、自らも現役のVFXデザイナーですよね?

「はい、裏でコツコツと作業するのもいまだ性にあってるというか(笑)好きなので・・・」

ー 普段からインスピレーションの源を探したりとかは?

「企業のCIで使われるモーショングラフィックスは面白いものが多いですよね。あと漫画を読んだりして『あっ、このパースかっこいい!』とか」

ー 最後に、どういうところにVFX作業の面白さを感じますか?

「本当に何もないゼロの状態からイメージを作ったりとか、割とVFXデザイナー個人の感覚とか解釈が画面に大きく反映されるんですよね。それは凄いことだと思います」

ー なるほど、今日はありがとうございました!

(東京現像所Facebook記事より転載)

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